8/31 詩編32編 「主を見出せる時に」

 3節から5節の告白は詩人が困窮に置かれた時。「御手が…重い」とありますが、困窮は神さまとの関係だけではないでしょう。「言葉が出せない、出してもすぐに反撃される」、「絶え間ない呻き」は自らの失敗か、他者との関係か、親のこと、子どものことかは解りません。ただ詩人は歩みの中で主の心を大事にしなかった、つまり、主の心は早期の解決を目指し、対話を繋ぎ、改めることは改めることですが、人はかたくななゆえに、相手を変えることに熱心で、自分が変わることを「損・負け」として選ばないのです。しかし心改め、自らの歩みを改めていく時、「目覚めと、行くべき道(自分がすべきこと)」を理解し、救いの喜びが伴います。「主を見出しうる間」、それは「今」主と歩むこと。

<日本バプテスト連盟加盟教会・伝道所等を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟引退教役者の方々を覚えて。中條 儀助氏(宮崎市在住)、千綿 一哉氏(京都市在住)

2022年08月27日