2/14 マタイ福音書9章27-31節 「見えなくとも求め続ける」
マタイ9章では「癒し」の具体的な話が続きますが、「人々が打ちひしがれている」(36節)のは肉体的のみではなく、心や魂も含まれ、ここに登場していない人々も主のいやしを受けたことを思います。さて、今日の二人の盲人は主イエスを目の当たりに見ることはできませんが、耳で福音を聞き、目が開けられる前から主を「救い導いてくださる方」と信じていました。でも主イエスはまるで背を向けるかのように家に入りますが、なお彼らは家の中にまで来て主を求めます。ここは彼らの熱心さを強調しているのです。「願い止まない」姿に我らも学ぶ必要があるからです。祈りが聞かれない時もなお祈り続けることを。「知らせてはいけない」のは肉体的な「いやし」だけに注目が集まるのを避ける意図があります。
<日本バプテスト連盟加盟教会・伝道所等を覚えての祈り> 直方バプテストキリスト教会。福岡県直方市頓野3895-6にあります。「ちょくほう」ではなく「のうがた」と読み、北九州、八幡製鉄所に炭を提供する拠点として戦前・戦後は栄えた場所です。しかし、1960年代後半から製鉄所が千葉等に移動して以来、人口が減少していきました。石炭の使えないものを「ボタ」と言い、私が幼い頃、「ボタ山」があるのを見ました。今は草木が生え、黒い山ではなくなっているようです。今の筑豊の姿も見てみたいと思っています。直方教会の田中牧師はかつて連盟少年少女大会などでご一緒に働きをさせていただきました。田中ご夫妻はとても歌が上手な方です。素敵な讃美歌が直方教会から流れていることでしょう。祈りの課題は以下です。①地域の拠り所となる教会。②苦しむ人に寄り添える教会。③平和を求め続ける教会。牧師・田中 伊策