5/24「福音の拡がり」 使徒言行録8章1節後半~8節 「聖書教育」と同じ個所

 来週日曜、31日は「ペンテコステ」です。キリスト教の三大祭、「クリスマス」「イースター」「ペンテコステ」です。
 「祭」を時々誤解している方がありますが、宗教的な儀式を「祭」と言うのです。「祭日」という言い方がありますが、日本の「祭日」は明治以降の国家神道の儀式に沿って、その精神を受け継ぐようにと定められたものが、戦後に残ったり、復活しております。ゆえに、「祝日」という言い方がふさわしいものです。
 それはさておき、ペンテコステは「聖霊降臨日」と言われ、主イエスが復活し、その50日目(7×7=49、の翌日)に、聖霊が注がれ、キリストの福音を弟子たちがこの世界に向けて語りだしたという「教会の誕生日」であり、また「言葉の記念日」です。
 今日の箇所は、教会がエルサレムで生まれた後の話ですが、元々、イエス・キリストは政治によって処刑された人です。その弟子たちも当然危険視されますし、そこで、教会の中には安定のために政治にすり寄る力と対抗する力(対抗文化として)があったようです。
 今日の箇所にも「迫害」という言葉がありますが、主イエスの処刑に対して、民衆の力も影響したように、政治の方向性と共に、民衆の中で不法に、また不満のはけ口として、人間が元来持つ、差別的意識により、それら迫害も生まれていきました。そこにすでにユダヤ教と、新たに主イエスによって更新させられた約束との違いや対立も鮮明になってきました。
 教会は「迫害」に会い、はじめての殉教者ステファノはまさにリンチ(私刑)されたのです。教会の一部の人々はエルサレムに居続けることができず、各地へと逃げていく、散らされていきます。教会の中でも親政府(=親神殿)に近づく者はエルサレムに残ることができました(もちろん、ただ権力にすがりついたという話でもなく、多くの厳しさもあります)。
 そして、主なる神は「散らされた」ことは、「敗北」ではなく、福音が世界に広がってゆく契機とされたのです。そこにすでにユダヤ教の枠ではない、世界に向けられた救いを主イエス・キリストがすでに語っていたゆえであり、まさしく福音の力であります。

<日本バプテスト連盟加盟教会・伝道所等を覚えての祈り> 座間・バプテストキリスト伝道所。神奈川県座間市入谷東3-42-10にあります。1976年から開始しました。祈りの課題は以下です。①礼拝参加者が増し加えられますように。②礼拝参加者の健康が守られますように。③奏楽者が与えられますように。牧師:内藤玲緒奈

2020年05月24日