4/25「神の真実」Ⅰコリント1章4-9節③
「神は真実です。」真実とは、「嘘、偽りのない真」、仏教語では「絶対の真理、真如」です。ギリシャ語では「アレセイヤ(アレテイア)」。ただ、「偽物」ではない、ということが主眼ではなく、「誠実」であるという、より内面を表現する言葉です。神が真実であること、その根拠をあなたはどこに求めましょうか。神ご自身が、自ら「真の神」であることを示すこと。
みなさんは「神さま」はどんなことをしたら「神さま」だと認めるのでしょうか。今、「神!」とは「ゴッドハンド」とかの言葉をよく見ます。多くは、一般人では到達しえないようなすぐれた業や技を使う場合に言います。また、奇跡的なことをする。例えば、一晩で嵐がおさまる、とか、死んでいた者が生き返った、とか、杖を立てたら温泉が出た、とか、ですね。もちろんそのような「神」とか「イエス・キリスト」の姿は聖書にも登場いたします。
但し、注目すべきは、そのような不思議に接した人が、皆、イエスさまを信じ、感謝と喜びの人生を送った、ということでもありません。神が神であるゆえの「誠実」な人間との関わり。神はあなた方を(本来はそうではないにも関わらず)、救い主、導き主、愛の主であるイエス・キリストとの交わりの中に招いてくださったことです。ここで注意しておくことは「交わり」の意味。辞書では「付き合い」とか、「性交」とかでてきます。あるいは「朱に交われば赤くなる」とか。聖書でいう「交わり」。一番良いたとえはイエスさまが語ったように「ぶどうの枝と幹の関係性であり、つながり」です。「つながり」はとても大事ですし、「つながり」がない姿を「孤独」と言います。イエスさまとつながる関係の中で、植物が栄養や水など、必須のものを受けるように、イエスさまとつながり、命や祝福、励まし、恵み、力、希望、慰め、助けを受けていく、その「つながり」が「交わり」です。
礼拝の終わりに牧師が(多くの場合)「祝祷」、つまり、祝福の祈りをいたします。そこで「聖霊の交わり」がありますようにとお祈りいたします。これはすなわち、神さまとの関係が、決して切れることなく、豊かになされますようにということなのです。神さまが神さまであること、その確かさ、誠実さは、罪深い人間をなお愛し、導こうとして、共にあろうとされ、神さま、イエスさまとつながる命へと導いてくださったことなのです。私どもは、日々、食事や睡眠などで命を維持いたします。そして人間の「心(または魂」を満たすのは最終的には「心または魂」しかありません。あなたの心に神さまが触れてくださって、あなたの心を、今日、満たしてくださいますように。
<日本バプテスト連盟教会・伝道所等を覚えての祈り> 東山キリスト教会。名古屋市千種区穂波町2-50にあります。地下鉄の駅から上がって徒歩ですぐ、住宅街の中にあります。私は、現在の鈴木牧師就任式の折、僭越ながら連盟理事だったので、連盟代表として挨拶させていただきました。それより以前、同じ福岡市で多くの交流のあった先生なので、とても嬉しく挨拶をさせていただきました。鈴木牧師はイケメン(昔?)で礼儀正しく、背筋を伸ばして、すごく真面目な先生です。早良教会の牧師だったころ、福岡有田教会で行っていたドラム教室にも通ってくださいました。他にも腹話術などにもチャレンジしておられました。ただ、あまり、完成したという話は聞かないけど、いや、何でもそう簡単ではありませんからね。いつのころか、すてきな伴侶ができ、東山の地で活躍されています。就任式のあと、ご家族と「うなぎ」、を出前で用意してくださいました。名古屋のうなぎの食べ方は面白いですね。祈りの課題は以下です。①み言葉に忠実に従う教会となる。②主日礼拝・祈祷会の充実。③全年齢層への伝道。新会堂建築。牧師:鈴木直哉